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東京地方裁判所 昭和34年(特わ)561号 判決 1960年10月03日

被告人 ゴードン・ウエツブ

一九二七・五・二八生 技師

主文

被告人を罰金一〇万円に処する。

被告人が右罰金を完納することが出来ない時は金二千円を一日に換算した期間労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(本件犯罪発生の経緯)

被告人は昭和二八年四月から本邦内に住所を有する所謂居住者となつた者であるが建築に関する技術を持つているところから予て知合の本邦に居住する米国人ローラー・レイモンド・ジエサツプが昭和三一年一一月頃箱根仙石原に別荘を建てるについて、日本円で請負代金の支払を受ける約束でこれが建築を請負うに至つた。ところがジエサツプは米国サンフランシスコ市所在アメリカ銀行サンフランシスコ本店に銀行預金を有しこれを以て建築費用に充てる予定であつたから、自ら同銀行宛に振出したドル表示の小切手を自分で日本の外国為替公認銀行に売却して日本円に替えこれを被告人に支払うべきであつたのに、偶々被告人の妻エツコ・サンドラ・ウエツプがアメリカのニユーヨーク市所在チエスマンハツタン銀行本店に預金口座を持つていた関係上被告人はジエサツプよりドル表示小切手を受取り請負代金の決済をすませた。

(罪となるべき事実)

被告人は法定の除外事由がないのに

第一、昭和三一年一一月二三日頃東京都千代田区内幸町二丁目二番地富国生命館内に於て、右ジエサツプから同月二三日附にて同人が米国サンフランシスコ市所在アメリカ銀行サンフランシスコ本店宛に振出した金額二千ドルの対外支払手段たる外国通貨で表示された小切手一通を取得したにも拘らず、これを十日の期間内に外国為替公認銀行に売却しなかつた。

第二、同年一二月二七日頃前同所に於て右ジエサツプから同月二七日附にて同人が前記銀行宛に振出した金額二千五百ドルの前同様の小切手一通を取得したにも拘らずこれを十日の期間内に外国為替公認銀行に売却しなかつた

第三、昭和三二年二月一一日頃前同所に於て右ジエサツプから同月一一日附にて同人が前銀行宛に振出した金額千五百ドルの前同様の小切手一通を取得したにも拘らずこれを十日の期間内に外国為替公認銀行に売却しなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人星野民雄竝同渡辺良夫は本件公訴は罪刑法定主義を定めた憲法第三一条に反する旨主張する。確かに外国為替及び外国貿易管理法は所謂対外支払手段等の集中義務を課し、その違反に対し刑罰を科するに当つて単に「居住者たると非居住者たるとを問わず本邦にある者は政令で定めるところにより左に掲げる財産を、特定の場所に若しくは特定の方式により保管若しくは登録し、又は外国為替資金特別会計、日本銀行、外国為替銀行その他の者に公定価格(公定価格がないときは時価)を参しやくして大蔵大臣が定める価格で本邦通貨を対価として売却する義務を課せられることがある。一、本邦内にある対外支払手段、二、本邦内にある貴金属」(法第二一条)とのみ規定しこの違反に対し三年以下の懲役若しくは三〇万円以下の罰金又は併科の罰等を規定(法第七〇条第一項第二一号)し具体的な構成要件は政令である外国為替管理令第三条及び外国為替管理委員会の規則である外国為替等集中規則第三条に委ねているけれども、法律が科せられるべき刑の枠を定め且つ処罰せられるべき行為の大綱のみを規定して其の具体的内容は行政権の命令に委任することは、これに依つて該犯罪の構成要件自体が曖昧にならない限り決して罪刑法定主義の原理に反しないものと解すべきであり、(前記法条は構成要件上曖昧とは云い難い)外国然為替管理の如き極めて技術的であつてしかもその時々の経済界の実情に応じて絶えず改正する必要のある分野に於ては、左様な方法に依るのが相当であるから右の処置を目して憲法違反を言うことは当らないものと解する。

尚星野、渡辺両弁護人は外国為替管理法は行政法規であるところ被告人には違法の認識がなかつたのであるから故意を阻却し従つて無罪であると主張するけれども法定犯(行政犯)についても違法の認識は不必要であることは既に最高裁判所の判例(昭和二三年七月一四日大法廷判決刑集二巻八号八八九頁及び昭和二四年一一月二八日第三小法廷判決刑集四巻一二号二四六三頁)もあるところであり、ただ違法の認識がなかつたことについて何等過失なく、却つて違法でないと信じたことについて相当の理由がある場合には故意を阻却するとする判例もあつたけれども本件について見れば、被告人が対外支払手段の集中義務について認識がなかつたことについて過失なしと言うことを得ないのみならず特に被告人がドル表示小切手を外国為替公認銀行に売渡すことなくアメリカに送つたことについてこれが違法でなく許された行為であると信ずるについて相当の理由があつたことの立証もなく(被告人はアメリカに送つたこと自体を公判廷では否定しているから左様な立証も出来ないのは当然である)せいぜい外国人としては外国為替管理法関係の細かい法規を知らなかつたのは恕すべきであると言うに過ぎないのであるから右の様な点は情状として斟酌するのは格別犯罪の成立には影響がないものと言うべきである。されば此の点に関する弁護人の主張も採用しない。

(情状)

ただ情状の点を考えて見るのに被告人はジエサツプとの間に於ては日本円で支払を受ける約束で請負契約(被告人は請負契約のあつたことを否定しているけれどもジエサツプの証言から見ても請負契約があつたものと認めるのが相当である)を締結したのであるから、仮令ジエサツプがアメリカの銀行にある自己の預金を以て建築代金の支払に充てる計画でドル表示小切手を振出したとしても、被告人としてはジエサツプ自ら集中義務に従つて外国為替公認銀行に売渡して日本円に替えて支払をすべきことを要求すれば足りたのであつた。然るに偶々被告人の妻がアメリカの銀行に預金口座を有していたので被告人としては恐らくこれに振替入金すれば便宜であるとの考えから(この点については、被告人は自分でジエサツプからドル小切手を受取つてアメリカの妻の口座のある銀行に送つたことを否定しているので、果して右の様な考えであつたかどうかについては何等の供述はないが前後の事情から推測すれば右の様に解する外はない)便宜そのままドル表示小切手を受取り、これを外国為替公認銀行に売渡すことなく直ちにアメリカに送つたものと解せられるから、その動機に於てはそれ程悪意があつたものとは思われないのであり、仮にそれが外国送金の困難を回避するためであつたとしても人情上は大いに斟酌すべき点があるものと言わなければならない。而もジエサツプ自身が集中義務を果さなかつたにも拘らず、同人は起訴されることもなかつた点から考えても、同人との権衡上も被告人の量刑に当つては大いに斟酌すべき事情があるものと言うべきである。

(法令の適用)

法律に照すに判示各所為は外国為替及び外国貿易管理法第二一条第七〇条第一項二一号、外国為替管理令(昭和二五年政令第二〇三号)第三条第一項、外国為替等集中規則(昭和二五年六月三〇日外国為替管理委員会規則第四号)第三条第一項に該当するところ以上は刑法第四五条前段の併合罪であるからいづれも前記情状に鑑み罰金刑を選択し同法第四八条を適用し合算額の範囲内で被告人を罰金一〇万円に処し右罰金を完納出来ない時は同法第一八条を適用して金二千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り全部被告人の負担とすべきものと認める。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 熊谷弘)

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